花の色と青い煙草

ダンス・ステップ・スラップスティック

春の歌

ちょっとしたショートショートの書き残し。

 

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僕には記憶が無い。自分が何者であるかも分からず生きている。気がついた頃には子供たちに囲まれて、善き遊び相手として、あるいはすこし夢見がちな子の聞き手としてずっと過ごしていた。

僕はその暮らしをとても気に入っていた。ときどき心無いイタズラをされてしまうこともあったし、その事で落ち込むことはあったけれどそれも僕の役目なら引き受けられるし、そのあとに優しくしてくれる子たちがいることを知っているからやっていけている。彼らにとってもたぶん僕のことは大切で、善き友人と思ってくれているのかもしれない。その事が少し嬉しい。そうそう、大切な友人だから、ということもあるしなによりも僕の口が堅いことをよく知っている子供たちからときどき秘密を打ち明けられることもある。

 この前は小学生の女の子から「クリスマスまでに好きな男の子に告白するんだ、上手くいくといいな」だなんて話を聞かせてもらった。僕は知っている、その彼は君にだけ雪合戦で雪玉を投げることを。そういう気持ちの表現はよくないと思うのだけれど、ただすこし微笑ましい。今度来るときは二人でくるのだろうか、それとももう僕とは遊ばないだろうか。

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あれからずいぶん歳をとった。僕はすこしくらいはいろんなことがわかりはじめたような気でいる。朝になれば日が昇ること、夜にはそれが沈むこと。影は後ろへと長く伸びゆくものだということ、その理由が季節にあること。肌に刺す寒気はやがてどこかへ行ってしまうことと、そのときには僕が溶けてなくなってしまうこと。
帽子と手袋、それから草臥れた木の枝の一本や二本で君は僕を思い出してくれるだろう。それならそれでいい。いや、すこし心残りがある。僕は君の温もりを知らない。その事だけが心残りになって、僕は溶け残っている。