誰かがいった。

そうじゃなくて私が言った日常の何か。

あーすばうんど。

1.地に固着している、根を張っている。

2.生き物、地表から離れられない。

3.世俗に囚われた、現世的な、想像力のない、散文的な。

4.地球に向かっている。

おひさしぶりです。あおです。
生活の話をします。

1.
ふととても寂しくなるようなことを考えてそれでものすごく寂しくなってしまって、それからその日はすこし上の空だった。なんてことはない、ほんとうになんてことはないんだけど、嘗て足繁く通った都内のマンションだとか、ある地方都市のローソンだとか、私の脚は、目は、景色を覚えている。そこには誰かがいて、各々の生活によってその景色を見ることというのはなくなって、だから今走っているこの道もいずれそうやって自分の年齢とともにあの頃の身体の延長線と刻まれるのだろうか、今ではなくなるのだろうか。ただ無性に意味もなく寂しくなったんだよね。全部なにもなくなっちゃったりすることを想起したのかもしれないし、でもそうやって意味のある場所を増やしていくのは、なんだか生だなと思ったし、悪くないとも思えていたし、よくわかんないや。

2.
だからはやく70代の品のある老人になって街の中に記憶を見出しにいきたい、とか思ったけど今を、私は今に生を、生が、なきゃ、だめ、なんだ。今をめちゃくちゃちゃんと生きてるから記憶に残るんだし物語にできるんだしそれならなんていうか、ぐっとこの五体をここに引き寄せて、思考を精神をそこに収めて、それで笑っていきてえなあ、それで、そうしようと生きてたこと、絶対忘れられない気がする。右も左もよく分かんなくてとにかく右往左往しながら戸惑うように生きてた一年、一年が、そしてその間に何度も繰り返し走った道とか、これから何があってもたぶん振り返って思い出すことになる、あの頃は若かったとか言うのかもしれないし、みたいなことを考えてたらもうね、滂沱、あはは。

3.
繰り返し繰り返し走ったり、生活になってみたり、働いたりしてる。そんな話を今書いている。
絶望していこうね、希求していこうね、諦めていこうね、求めていこうね、さまざまな言葉で綴られているのは根を張り、土を耕し、現世的な、生きるためのこの行為は蔑むようなものではないという祈りだったのかもしれない。
不器用だからこうやって書いて書いて考えて考えてやっとそれで少しだけ出来るようになって、まあ、生活に愛が満ちたりていくのかもしれないとおもう。

4.
"Simple as can be"
えーっと、好きな歌の歌詞です。
簡単にでもいいから、だそうです。
おしまい。

夏の初めに一つ備忘録でした。
ありがとうございました。