誰かがいった。

そうじゃなくて私が言った日常の何か。

おはよう。

日記です。

柔らかく朝日が差し込み、青い鳥はまるで祝福のようにさえずる。
誰が言ったか分からない暴言も、部屋の片隅で願う小さな幸福も、等しく濁流のように消えてゆく。

おげんきですか?
おかわりないですか?

おひさしぶりです。

 夏の嵐、この軽い身体がどこか遠くへ飛ばされそうでなんだか落ち着きません。
そわそわしたりじりじりしながらすごしていたのですけれど、秋だそうです。はやくすずしくならないかな。さいきんは友人をおうちに呼んでみたり、ふぇすにでかけてみたり、なんだか充実した日々をおくってるかもしれません。枯れた線路を歩き回りながらスタンド・バイ・ミーをくちずさんだり、バーテンダーになってみたりしてる。すごく会いたかった人に会いに行ったりもした。会いたかった人はほんとうに会いたかった人だった。

わるくない、わるくない。

 ことしのなつはなにかあるたびに泣いていたな、この一年くらいでわたしはすっかり泣き虫さんになった気がする。映画を観れば泣くし、音楽を聴いても泣くし、人に会っても泣くし、お酒を飲んでも泣くし、とにかくよく泣いている。そんな泣き虫の自分がけっこうすきだったりする。なんだ、ちゃんと生きてるじゃん。そんな気分になる。それと。泣いてしまうのは幸せだからで、それはいつだってまるで夢をみているよう。そのことがすこしだけわたしを苦しめる。あー、朝がこなければいいのに。願わくばこの夢がずっと続きますように、覚めることのない夢を見ていられますように。幸せの絶頂で消えることができたら後腐れもないなあ。ほんとうはすぐに楽しくて気持ちよくて幸せになれたらいい!

やまない雨がないようにさめない夢もない。

泣いても笑っても行き着く場所が同じなら不器用なりに愛してみたい。日常生活すらままならないけど、情けなく頼りない毎日がすこしだけ楽しくなったらいいな、いいなと願ってる。それしかできないんだ、朝になれば起きてしまうから。
とてもとてもちいさなこと、たぶんわすれてしまうようなことが明日になっていく。だなんてありふれた少女漫画のような日記になってしまった。

こんにちは。

言葉がおおすぎる、いつものことだけれど。我慢をすればどっと漏れた言葉でうめつくしてしまう。もっと色はすくなくていいし、そんなに迷い線ばかりでどれを選べばいいか。可能性なんてないほうが幸せを選びやすいって言葉の意味が分かるようになってしまった。でも迷って酔っていたい。

それでも。

わたしの好きなことばです。これは祈り、雨乞い。どうかどうか、すぐに絶望と諦念をおぼえるわたしを奮わせるために。
うーん、すこしちがう。うまくは言えないな、うまくは言えないな。
やっぱり散らかしてしまうなあ。

あくろすざゆにばーす!

おやすみ。