誰かがいった。

そうじゃなくて私が言った日常の何か。

シェアごはん。

私は実家暮らしだけれど、よく食事を作る。
自分のためにご飯を作ることもあるし、誰かのためにご飯を作ることも多くある。
その時間がとても好きになった。

私がご飯を作る、みんなが待つ、湯気立つ。
リズミカルな包丁、はじける油、焼ける音。

出来上がったごはんをテーブルに置いて、いただきます、というあの瞬間が尊いことを、人のために作って初めて知った。
その瞬間そこには家族がいた、家族になっていた。

あの日の母に私はなるんだね。