誰かがいった。

そうじゃなくて私が言った日常の何か。

大人の住処。

夜にしか生きることができなくなってるのかもしれない。

地元に鳴り響く寺の鐘で夕方と知り、急いで家に帰る。あの頃の私にとって暮れ行く空はその日の終わりを意味してた、ように覚えてる。
それはありふれた日常だった。



そんな日常からは遠く、今。

夜が当たり前になっていた。
歌を聴けば夜を歌ってるし、大切な人と言葉を交わすのも夜だし、日が暮れてからやっと息が出来るようになっていた。
草木も眠る丑三つ時なんていってた時間と仲良しだし、朝日を眺めることもあった。



夜を満たすものは際限なく増えていくのにその夜で満ちることはないかもね。

でも、夜を探している。