誰かがいった。

そうじゃなくて私が言った日常の何か。

恩師の話。

私がまだ学生で、世界の全てはこの手の中にあったと驕り高ぶっていたころのお話をしましょう。

当時、私は美術系の学校にいて、学生をしていた。まだ17か、その辺りだった。

当時の学科長と話していて、なぜそんな話になったのかは思い出せない。ざっくばらんと話していて、その会話の中でスノッブ的に知識をひけらかす嫌な奴になっていた。若さゆえの全能感もあったし、なんでもインターネットで調べて知ったつもりになって、それが誇らしかった私だったが、次の瞬間。

その高々と伸ばしたひどい鼻を学科長に容赦なく折られたのだった。



「おまえ、よく色んな地方の話をするよなあ?でもさ、それってインターネットで知ったことなんだって言ってたよな?携帯電話で知ったつもりになって、じゃあお前は知ってんのか?」



「例えばさあ、その街の坂のキツさとかさ、早朝の寒さとかさ、日差しの明るさだとかさ、空気の味だとかさ、そうそう、そこの飯の旨さだとかさあ、おまえさんはなあんにもしらねえんだ、そうだろ?」



「家を出ろ、外に出ろ、触れろ、おまえさんの言葉は空っぽだ。触れて、知って、やっと語れる。分かったな?」







なんでも知っているつもりだった私は、その瞬間何も知らないことに気付かされたのだった。

今ふと思うんだ、その鼻を折ってくれてありがとう、いつまでも何も知らないことすら知らずにいたかもしれない。
そして今なら言えるよ、朝焼け前の空気は冷たかった。春に行く長野にはまだ雪があった。蕎麦が美味しい。

だから。

いろいろなことをし続けていけたらいいと思うんだ。

触れて。

きちんと触れて。