誰かがいった。

そうじゃなくて私が言った日常の何か。

ポリーラウンジ

一週間ほどまえ、ポリーラウンジという交流会のようなものに参加した。

それはポリアモリー、と呼ばれるもの、そのことにどう向き合っているかだなんて話す場で、初めて来た人も多く和気藹々としながら、それでいて真面目な場になっていて。

ポリー、ポリアモリーということ。
まず、その言葉に初めて触れる人も多いのではないかと思う。

Poly amur、といった書き方なら気付く人もいるかな。
複数の愛、つまり恋愛感情を向ける相手をひとりに限らないこと、についての言葉。

これについては私より多くの言葉を尽くした人がいるだろうし、それについては各々調べてほしいかなって。
だけれどもこっそりおすすめするならば、なとりさんのこの記事、それと長谷川さんの記事が好きです。


で。
私なりに今の言葉と、今の考えで、これについて語ろうかなと思って。

まず。

私はいま、恋人、と呼べる人はひとりいる。
過去にはふたりいたこともあったりしたのだけれど、今の関係に落ち着いた。
だからポリアモリーだったし、いまでもその性質はあるのだと思う。

その上で、たぶんこれからはそういった関係を同時に持つことはしないかなとも思っていて。
もちろんそれはどういった関係性でいるか選択しなきゃいけない時が来るまでは分からないけれど。

ただ人と真面目に向き合う約束を多くの人とすること、それが無責任になることもあって、そうしないためには体力がいるのだった。
だから、お互いがひとりでいられるよ、と言える人同士でなければ、保つことができそうになくて、まだ未熟な私にはできない約束だななんて感じている。

だから。

能動的にモノアモリーでいる、これが今の在り方かしら。